水は方円(ほうえん)に従う… 癸水です。
全ての始まりは、ある「一本の動画」との偶然の出会いでした。
私はかつて、霊感の強い父から**「意図してスピリチュアルな世界には関わるな」**と厳しく教えられて育ちました。 見えない世界の深淵を覗くことの危うさを、父は知っていたのでしょう。 だからこそ、私は長い間、その扉を固く閉ざし、現実世界だけの理屈で生きてきました。
しかし、運命とは皮肉なものです。 ある動画をきっかけに、私は禁忌とされていた扉を開け、神道、仏教、そして哲学の世界へと深く足を踏み入れることになります。
その探求の果てに辿り着いた答えが、 『智慧(ちえ)は仏、心は神、生きるは人』 という言葉でした。
これは、誰かに押し付けるための教義ではありません。 一人のリアリストが、神仏という巨大な概念と格闘し、思考し、ようやく見つけ出した**「個の根幹」**の記録です。
もし今、あなたが生きる指針を求めて迷っているなら。 この個人的な探求の記録が、その足元を照らす小さな灯火になることを願っています。
運命を変えた「動画」と「女性社長」
扉が開かれたきっかけは、TikTokで偶然目にした一本の動画でした。 何気なく見ていたその動画に強く惹きつけられた私は、**「これを投稿しているのは誰だ?」**と興味を持ち、その主(ぬし)である一人の女性社長のライブ配信にたどり着きました。
彼女の語る言葉や物事の捉え方は、それまでの私が持っていた常識とは全く異なるものでした。 しかし、不思議と反発心はなく、「なるほど」と深く納得させられるものばかりでした。
「仏教や神道というものは、古臭い迷信ではなく、実はこんなにも面白く、深く学べるものなのか」
彼女の配信から受けた刺激が、私の中に眠っていた探求心を呼び覚ましました。 それが、私がスピリチュアルな世界の学びへと踏み出す、最初の「着火点」となったのです。
概念を覆した「空(くう)」の衝撃
そうして探求を始めた矢先、私はさらに脳天を撃ち抜かれるような動画に出会います。 それは、仏教の最も難解な概念とされる**【空(くう)】**について解説するものでした。
人間の手が高級なペンを持っている。(右側)犬がそのペンを「ただの棒」として不思議そうに見上げている。_r.webp)
動画の中で、配信者は一本のペンを見せてこう問いかけました。 「これは、あなたから見たらペンですよね?」
当然です。誰が見てもそれはペンです。 しかし、配信者は続けました。
「では、この部屋に犬が入ってきたとしましょう。犬にとって、これは何になりますか?」
私はハッとしました。 犬はそれを「文字を書く道具(ペン)」とは認識しません。ただの「噛んで遊ぶ棒(物体)」として見るでしょう。
「そう、これはペンではなくなり、ただの物体となるのです。これが仏教の『空』という教えです」
雷に打たれたような衝撃でした。 「ペン」という絶対的な存在があるわけではない。 私たちが勝手に「これはペンだ」と意味(認識)を与えているから、そこにペンとして存在しているだけなのだ、と。
「全ては我々の認識が作り出している」
かつて私は、「人が死ぬのは忘れ去られた時だ」という言葉をロマンチックな意味で捉えていました。 しかし、この「空」の理屈を知った瞬間、その言葉は冷徹なまでの物理法則として腑に落ちました。 認識から消えること、それが「無」ということなのだと。
この衝撃が決定打となり、私は**「AI」**という現代の武器を手に、さらなる深淵へと潜ることを決意したのです。
「神話」への違和感と、真実への渇望
知識欲に火がついた私は、AIを相棒に、神道の根幹である**『古事記』や『日本書紀』**の深掘りに没頭しました。
しかし、対話を重ねるにつれ、ある**「強烈な違和感」が湧き上がってきました。 それは、これらの書物が「史実と神話をごちゃ混ぜにしている」**という現実です。
もっと言えば、天皇を神の子孫とするため、つまり**「時の権力者が国を支配するため」**に都合よく編纂された政治文書であるという側面が、あまりにも色濃く見えてしまったのです。
「神とは本来、もっと純粋なエネルギーだったはずだ」 「なのに、なぜこんなにも人間臭い物語(序列)が必要だったのか?」
私が読み解いていたのは、神の真実ではなく、**「人間が作った創作物(神話)」**に過ぎなかったのです。
「絵本」を捨て、真実の神を探す旅へ
この気づきは、私にとって決定的な転換点となりました。
私は日本という国を、「神話の国」として見るのをやめました。 その代わりに、神話のベールを剥ぎ取った先にある、**「本当の神がいる国」**として捉え直すことにしたのです。
今、世の中では多くのインフルエンサーが、神話の物語をさも真実のように語っています。 しかし、私にはそれが**「綺麗な絵本の読み聞かせ」**にしか聞こえません。
『古事記』という物語の奥底に隠された、本当の信仰とは何か? 神の依代(よりしろ)である「神社」とは、本来どういう場所だったのか?
私は「絵本」を閉じ、曖昧な神話の向こう側にある**「神の正体」を探し求めました。 そして辿り着いたのが、次回お話しする「格式なき神の本質」**という答えです。
調和より普遍を…
kisui[癸水]


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