『神』は自然。日本人の「感謝」というリアル。[2/5]

思考のlog:人生ハック

水は方円(ほうえん)に従う… 癸水です。

第1話で述べた通り、私は「神話」というフィルターを外しました。 そうすると、今まで見えていた神社の景色がガラリと変わります。

私自身、神社仏閣という空間そのものは大好きです。 しかし、神の正体を探求する中で、世間でまことしやかに語られる**「ある言葉」**に、決定的な違和感を抱くようになりました。

それは、**「神社の格式」や「神様の序列」**です。

「あそこの神社は格式が高いからご利益がある」 「ここは有名な神様だから凄い」

はっきり言います。 神に、格式も序列もありません。 あるのは、人間が勝手に決めた「都合」だけです。

今回は、この「序列」を解体し、私が提唱する『智慧は仏、心は神、生きるは人』の中核、**【心は神】**の真意に迫ります。


神の名は「物語」の中で生まれた

そもそも、神々の名前や序列はどこから来たのか。 答えは明白、**『古事記』**です。

例えば、天照大神(アマテラス)。 彼女は「天を照らす神(太陽)」として描かれ、天皇家の祖先(皇祖神)であると位置付けられました。だから、日本の最高神とされています。

しかし、これは**「そのように物語(設定)を作ったから」**に過ぎません。

それぞれの神は、生まれた動機や役割が違うだけ。 「海を司るから偉くない」「太陽だから偉い」というのは、人間社会のヒエラルキーを神の世界に持ち込んだだけの妄想です。

神話において、出生(起源)が明確に書かれている神が意外と少ないのはなぜか。 それは、古事記が**「国家統一のための政治文書」**だったからです。 時の権力者が国を支配するために、都合よく編纂されたシステム。それが「神社の格式」の正体です。


格式の否定から見えた、日本信仰の「二つの柱」

では、政治的な「神道」の皮を剥いだとき、その下には何が残るのか? そこに残るものこそが、私たちが本当に大切にすべき**「信仰の原液」**です。

探求の末、私は土地に根付いた二つの**「土着信仰」**に辿り着きました。

1. 自然信仰

自然の猛威に畏怖し、恵みに感謝する信仰。 山、海、そして当時の命綱であった「稲」。 どうすることもできない自然エネルギー(荒ぶる神)に対し、祈りを捧げて鎮まってもらい、恵みがもたらされれば感謝して宴(祭り)を行う。 このシンプルな**「循環」**です。

2. 祖霊信仰

死んだ家族や祖先が「カミ」となり、子孫を守ってくれるという考え。 これが現在でいう「氏神(うじがみ)」の起源です。

経典も教祖もいない。 ただ、「自然への畏敬」と「祖先への感謝」だけがある。 これが、日本古来の信仰の正体でした。


日本人の根幹は「感謝」というシステム

この事実に気づいた時、私は胸が熱くなるほどの感動を覚えました。

かつての日本人は、「願いを叶えてくれ」と神にねだっていたのではありません。 **「生かしてくれて、ありがとう」**と、感謝を報告していたのです。

例えば、お稲荷さん。 日本にこれほど多くのお稲荷さんがあるのは、当時の日本人にとって「稲=命」だったからです。 豊作(命の継続)に感謝し、神と人を繋ぐために宴を開く。

本来の参拝とは、この**「感謝の循環」**を確認する作業でした。

しかし、誤解しないでください。 よく「神社は願い事をする場所ではなく、感謝をする場所だ」と説く人がいますが、私に言わせればそれすらも**「穿った見方」**です。

神社は、こうでなければならないという決まった場所ではありません。 そこは単に、**「神と対話する場所」**というだけです。

感謝も伝える。お願いごともする。 それでいいのです。 そもそも神社とは、人間が神と接点を持つために、人間の都合で作ったシステム(場所)なのですから。

もし、あなたが「何を祈ればいいか分からない」時は、 「近くに来たのでご挨拶に伺いました」 「今日も生きています。ありがとうございます」 それで十分です。

無理に願う必要もなければ、願いを我慢する必要もない。 そのフラットな対話こそが、現代における「参拝」の在り方だと私は考えます。


『心は神』の真意

ここまでの探求を経て、私は一つの結論に達しました。

なぜ、日本人は「おもてなしの心」や「譲り合いの精神」を持っているのか。 なぜ、この荒んだ現代でも、日本という国に独特の穏やかさが残っているのか。

それは、私たちのDNAに**「すべてに神が宿る(八百万の神)」という感覚と、「自然や他者への感謝」**という土着信仰のOSが、今もインストールされているからです。

日本人の「心」そのものが、もはや「神」の在り方なのです。

何か特別な存在が空の上にいるのではない。 感謝を知り、万物に敬意を払う、その**「人の心」の中にこそ、神性が宿っている。**

これが、私が提唱する**『心は神』**の正体です。 私たちは、遠くのパワースポットに神を探しに行く必要はありません。 自身の内側にある「感謝の心」に気づいた時、あなたは既に神と共に在るのです。

さて、心の正体が分かったところで、次はもう一つの巨大なシステム「仏」について紐解いていきましょう。

次回、『智慧は仏』。 仏教が説く、最強のライフハックについてお話しします。

『調和より普遍を…[癸水]でした。』

コメント

タイトルとURLをコピーしました