水は方円(ほうえん)に従う… 癸水です。
ここまで読んでくださった皆さんは、「空」の思想や「悟り」の構造を、ある程度理解してくれたと思います。
しかし、最終話となる今回、**最大のリアリズム(現実)**を突きつけます。
「その悟った状態で、この現実社会をずっと生きていけますか?」
場面場面では可能でしょう。 しかし、「私は執着しません」という顔をしながら、相手にもそれを強要せず、摩擦を起こさず、欲に溺れず…… そんな完璧な生き方を、死ぬまで貫き通せるでしょうか?
私は、**「無理だ」**という結論に至りました。
かつて、即身成仏を掲げた天才・空海でさえ、涅槃(ねはん)を求めて修行し続けました。 「悟ることはできても、解脱(人間卒業)はできない」 これが、肉体を持つ私たちの宿命です。
『生きるは人』の根幹
人はどこまで行っても人であり、思考し感情があるからこそ苦が生まれ、その渦にもまれます。 頭ではわかる、選択も時にはできる。 しかし、この業(ごう)からは、死ぬまで逃れられません。
これこそが、**『生きるは人』**の根幹なのです。
知識(仏)を持ち、感謝(神)の心も持った。 だが、この世界線を生きてゆくのは、どこまで行っても**「不完全な人」**であるというリアル。 ここに必ず帰結します。
しかし、これは悪いことではありません。 不完全な人間だからこそ、世は苦楽があり、ドラマがあります。 「空(くう)」の思考は、その苦しみを和らげるための**「鎮痛剤(救済)」**として、懐に持っておけばいいのです。

人の業(ごう)の中で豊かに生きる
その不完全さの根源こそが、**「欲」**です。
欲はあります。そして、欲は力です。 否定すべき煩悩ではありません。
「執着」さえしなければ、欲は人生を推進させるガソリンになります。 智慧を持ち、感謝を持って執着せず生きられれば、いちいち他人と比べて答えを求める必要はありません。
他人は正直、どうでもいいのです。 あなたの人生は、あなた自身のものです。
この結論にたどり着くまでに、私が出会った女性社長のように、刺激をくれた人もいれば、離れていった人もたくさんいます。 でも、人が離れることは悪いことではありません。
「あなた自身の魂が成長し、その環境が不要になったから」
別れは悲劇ではなく、次のステージへの**「卒業証書」**なのです。
究極の救済哲学と、最後の欲求
私たちはこのリアルを受け入れた上で、より幸せに、人生を邁進することができます。 そのための究極の指針が、この言葉です。
『智慧は仏、心は神、生きるは人』
このシンプルな三位一体のフレーズこそが、日本人である私たちが、欠落した業の中で生きていくための、究極の救済哲学なのです。
私は、このフレーズを人生の芯に据え、最後の時、「実にいい人生だった!」と周りに感謝し、後悔なく逝くことが目標です。
皆に愛され、皆を愛し、必要とされる人生でありたい。
それが、この「不完全な人」である私、Kisui(癸水)の抱く、 最大で、最悪の欲求なのです。

感謝と、次へのご縁
最後まで、私の個人的な探求の記録にお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
この哲学シリーズはここで完結しますが、私の発信はここからがスタートです。 今後も、私はこの「不完全な人」として、神道・仏教の深掘りや、日本の美しい風景、神社仏閣の魅力を、リアリストの視点で発信し続けてまいります。
あなたの次のご縁と成長を願って。 ありがとうございました。
調和より普遍を…
kisui[癸水]


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