大凶を引いて喜んではいけないのだろうか

1層【地上】|見えないサインを感じ取る知恵

神社と言えばおみくじ、神社に行かれたら引く方も多いのでは?

初詣や旅先の神社で、引いたおみくじの「吉凶」に一喜一憂する。
神社に詳しい人や専門家は「おみくじは吉凶の記号が重要なのではない。裏に書かれた神様の言葉を真摯に読み解くべきだ」と、いってそうですが。

それもおみくじとして、一つの丁寧な視点としていたって当たり前というくらい共通認識なのではないでしょうか。悪いものは縛って境内に置いてくるなどいろいろ対処法までありますが、実際のところどうですか?大吉ラッキー!!、凶や大凶はまじかよ!!なんておもってますよね。

水は方円の器に従う、癸水(kisui)です。

少し、発想の転換をしてみませんか?
捉え方、見方ひとつで今後のおみくじの概念が変わるかもしれません。

大吉はラッキー、大凶はチャンスの確定演出

おみくじを開いた瞬間、そこに書かれた文字をどう捉えるか。

例えばみんなが大好き「大吉」が出たなら、それはこう考えます。
私の運気は今から絶好調だ!!素直に「ラッキー!」と喜んで、そのまま良い波に乗ろうとします。

では、滅多にお目にかかれない「大凶」を引いてしまった時はどうでしょうか。 多くの人はガッカリして、中々でないのに、よりによってこれを引くか?と気持ちは下がるでしょう。

でも視点を変えればこう思えませんか、大凶は現在がどん底の運気。後は上昇しかないと、上がるだけなら未来は明るいしかない。更に、確率論でいえば(※神社によって違います。)そもそも中々引かない確率で運用されているものを引き当てた、として冷徹に見てみてください。 多くの神社では、参拝者が悲しまないように「大凶」や「凶」の割合をあらかじめ極端に減らしているか、最初から入れてさえいません。
そんな中でそれを引き当てたということは、あなたは今、数パーセント以下の凄まじい確率の壁を突破したということです。

運が悪いどころか、「めったに出ない確率を引き当てた、最高に運がいい状態」に他なりません。底がはっきりと見えているわけですから、あとはここから人生が劇的に転換するチャンスを手に入れたようなものです。

大吉なら今が最高潮!今のうちに、その運気を使えばいい後は元に戻るだけ。大凶なら最悪の結果が刻まれているがそれを引き当てるだけのチャンスを持っている。
そう見ることが出来ませんか?

「捉え方の問題だろ?」そうその通り、でもこれに確かに!って思った方。この視点がないから思えたはずなんです。捉え方の問題、でも視界はクリアーになったはずです。
この視点に気づけるという事が、気づきであり大事なんです。

あなたの引いたおみくじは、どうですか?

おみくじに大半の人は未来を重ねるはずです。こうなっていくんだと。
私はそうではないんです。今ある僕が引き寄せたものがおみくじに出る。だから書かれているものは未来の結果であっても、これは今引いた自分の運気だと思っています。消して未来の自分じゃやない。

決してこの考え方がいいんだと、言いたいのではないのです。
ちょっと見る角度を変えると、これほどまでに景色は変わるのかを見てもらいたいんです。

大吉なら波に乗り、大凶なら大反転の兆しとしてこの後からの活動力にする。

ちょっと見方(視界)を変えることで見えるリアルは変わるんです。
意外と一喜一憂する必要はない。おみくじを楽しめばいい。

大吉を引いてピークなら下がるだけじゃんと思ってしまった、賢いあなたこう考えてください。
ピークが元に戻るだけ、いつもの自分になるだけだと
これは運気が下がっているわけではなく戻っているんです通常に。

ポジティブだなぁと思ったあなた、それは違います。

大凶を引いて落ち込む人もいる。
大凶を引いて笑う人もいる。
引いたおみくじは同じです。
違うのは、未来ではなく見方です。

何でもかんでも良い/悪いと二元論で考えれば、はじかれれば気持ちが下がるのは当たり前です。
そうではなく見方を変え、考えることで意外とそうでもないはたくさん世の中にあります。

調和より普遍を、行動は人生をも変える…。

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